連載コラム② 第4話「Bの隠し事」


後日談

Bは、Aといつも一緒にN弁護士のもとを訪れていたが、3年後、B一人で予約を取ってN弁護士のもとを訪れた。

弁護士
事件が終わってから3年ですね。Bさんは少しお疲れのように見えますが、どうされたのですか。
男性
先生、今日は、遺言書の作成をお願いしたくて来たのです。
弁護士
そうですか。遺言書を作成するのはいい事だと思いますが、何か心境の変化でもあったのですか。
男性
それが… お恥ずかしい話なのですが… 今、妻と離婚調停中でして…
弁護士
離婚調停中ですか。それは大変ですね。差し支えなければ事情を教えていただけますでしょうか。
男性
実は数年前から妻とは折り合いが良くなく、離婚を考えていたのですが、その時たまたま仕事で知り合ったIさんとお付き合いすることになり、それが妻にばれてしまったのです。私は、浮気していたことは悪いとは思いつつも、これはいい機会だと思って妻に離婚を切り出したのですが、妻からは『子どももまだ高校に上がる前だしお金のかかるこの時期に離婚なんてできない』と言われまして… 結局、別居して離婚専門の弁護士に依頼をして離婚調停をしている最中なのです。
しかし、妻は『離婚はしない』『離婚するなら全財産を置いていけ』と言ってきかず、このままでは離婚できなさそうなのです。それで、離婚できないにしても私に万が一があった場合には、私の財産をIさんに遺せないかと考えているのです…
弁護士
そういうことですか。遺産はどのくらいあって、どのくらいの財産をIさんに遺贈したいと考えているのでしょうか。ちなみに遺贈というのは、遺言により財産を贈与することをいいます。
男性
財産は自宅が土地建物合わせて固定資産税評価額1500万円と預貯金が1000万円程度、他には貸しアパートが固定資産税評価額1500万円程度です。はじめは妻にも遺しておいてあげたい気持ちもあったのですが、今回離婚の話になって、妻がお金にがめついと分かってすごいショックなので、妻には何もあげたくありません。そのため、自宅は子どもふたりにあげて、他の財産は、すべてIさんにあげようと考えています。
弁護士
Bさんのお気持ちは分かりました。ただ、私も法律家ですので、Bさんの想いを実現できるかを率直に申し上げますと、遺言を作成しても、実現できません。理由は二つあります。
まず、第一の理由が、遺留分です。遺留分というのは法律上定められた相続人が最低限もらえる分であって、配偶者と子どもが相続人の場合には法定相続分の2分の1が遺留分になります。つまり、Bさんが亡くなった場合には、遺産について、奥さまが4分の1、子どもたちが8分の1ずつをもらう権利を有しているのです。
男性
それは聞いたことがあります。やっぱり遺留分はどうにもならないんですかね… 4分の1となると妻に1000万円はあげないといけないわけですか… でも、遺留分は請求しない人もいるのですよね。やはり妻には何もあげない遺言を作成しておいて、妻が遺留分を請求してきたらIさんがお金を渡すような形ではだめですかね。
弁護士
その点は、第二の理由に関わってきますね。Iさんは愛人ということになるのですが、その方に遺贈するという遺言については『公序良俗違反』で無効になる可能性があるのです。
男性
公序良俗… ですか?初めて聞きましたが、どういうことですかね。それに、その公序良俗違反で無効になるとどうなるのですか。
弁護士
公序良俗違反の行為というのは、民法90条にある文言なのですが、平たく言えば、一般の道徳観念に反するような行為のことです。今回の件でいえば、夫婦は貞操義務、つまり配偶者以外の方とはお付き合いなどをしないという義務があるのですが、それに反してIさんと付き合っているBさんが遺言を書く場合に、遺言を書く目的がIさんとのお付き合いを続ける目的であったり、Iさんに遺言でほとんどの財産を遺贈することで奥さまやお子さんが生活に困ったりする場合には、この道徳観念に反して無効となる可能性があるのです。
男性
妻にだって非があるのに、私の行為は道徳観念に反するのですね… もし無効となるとどうなるのでしょうか。
弁護士
もし遺言が無効になれば、遺言がない状態と同じですので、Iさんは一切財産を承継できずに、奥さまや子どもさんたちが遺産を相続することになります。
男性
それは絶対に嫌です! 例えば、生前にIさんに贈与しておくのはだめでしょうか。
弁護士
生前贈与をしていたとしても、遺留分を侵害することを分かってした贈与は遺留分減殺請求の対象になってしまうため、結論は同じです。また、贈与をしてしまうと、仮にIさんとの関係がうまくいかなかった場合には、取り戻したりはできませんよ。
また、計画的に贈与をしないと、贈与税がかかってくるので、その点も考慮に入れないといけません。
男性
先生… それでは私はどうしたら良いのでしょうか。
弁護士
遺言でIさんにあげると書いた場合でも、その割合などを考慮して無効とならないようなものを作成することはあり得ます。ただ、裁判例では諸事情を考慮して、有効か無効かを判断するので、もう少しBさんと奥さまの関係性やIさんとの関係性についてお伺いできればと思います。その後に、どのような遺言にするか、遺言ではなく他の手段を用いるかを考えましょう。
男性
わかりました。よろしくお願いいたします。

こうして、無効にされないように遺言を検討したところ、Bは自宅を子どもたちに、1000万円をIさんに、奥さんに貸しアパートを残すような遺言書を作成して、無事にBの悩みも解決した。

 

解説&ポイント

愛人に残したいという思い

ポイント当事務所では、相続もさることながら離婚の案件が多いため、不貞行為をしてしまって離婚できない状態で、不貞相手に遺産を遺したいという方がいらっしゃいます。不貞相手は法律上は赤の他人ですから、遺産を遺すためには、遺言が必要となりますが、その遺言を作成するにあたっては、遺言が無効になる可能性を考えないといけません。

公序良俗違反による無効

遺言は、自らの財産を誰にあげるかという問題ですから、本来は遺言者の自由に決められる事柄であるはずです。しかし、民法では、公序良俗というものが明記されており、その公序良俗に反することは無効となるとされていますので、公序良俗に反する遺言も無効となります。
遺言が公序良俗に反するかどうかについては、判例(最判昭和61年11月20日)において、以下の基準が示されています。
① 遺言の目的が、不倫な関係の維持継続目的かどうか
② 遺言の内容が相続人らの生活の基盤を脅かすものではないか
つまり、遺言の目的が不倫関係の維持のために作成されたものであったり、遺言によって相続人が居宅や収入源を失って生活できなくなるなどの場合には、遺言は無効とされるのです。

裁判例を見てみる

公序良俗違反というのは、一般社会通念で道徳に反していて無効にしたほうが良いかという判断のため、結果としては総合考慮になりがちです。また、そもそも法律に要件が書いてあるわけではないので、今までの裁判例を見て遺言が有効か無効かを判断する必要があります。その判断は専門家である弁護士でも難しいですが、ここでは裁判例で無効とされている具体的な事実を見ていきましょう。

① 年齢の開き
上記の判例が出る前の裁判例であるが、遺言者と不貞相手が29歳の年の差の事案及び16歳の年の差の事案において、遺言作成の目的が不貞関係の維持目的であったと認定され、遺言が無効とされている。年齢の開きだけではなく、その開きから不貞相手の気持ちをつなぎ留めておくために遺言を書いたということが認定されているので、年齢が重要なわけではないが、年齢に開きがある場合には、注意が必要かもしれません。

② 遺言作成前後の親密度
裁判所は、遺言作成後に親密度が増したかどうかを事実認定するものが少なくありません。これは、遺言作成前は不貞関係継続に消極的であったのに、遺言を作成した後は会う回数が多くなった場合などが典型ですが、遺言作成が不貞関係の維持継続に向けられたことを推認させる事情と見ているのです。そのため、遺言作成前後の関係性も気にする必要性があります。

③ 収入源を奪う場合
相続人らの生活基盤を脅かすかどうかについて、収入源を不貞相手に遺贈したりする場合が典型例です。例えば、遺言者名義の貸家から配偶者が賃料を得て生活をしているような場合には、その貸家が遺贈されれば配偶者の生活が脅かされることになります。裁判例でも遺言者名義の貸家から賃料収入を得て生活していた妻に何も相続させずに不貞相手に遺贈させる旨の遺言を無効にしている事案があります。

生命保険の受取人変更はどうか

遺言以外に、生命保険の受取人を不貞相手に変更することが考えられますが、この場合も結果として公序良俗違反ではないかが問題となります。そして、生命保険の受取人変更の有効性も、遺言の場合と同様にその受取人変更が不倫関係の維持継続目的かどうかによって判断されています。しかし、生命保険金によって生活基盤が脅かされる可能性はあまりないと思われ、その点は遺言とは異なる点でしょう。
また、生命保険の受取人変更ではなく、新たに生命保険に加入して受取人を不貞相手にする場合であっても、不倫関係の維持継続目的かどうかで公序良俗違反かどうかが決まるでしょう。

子どもに残す場合にはどうか

不貞相手と子どもができ、その子どもに遺言によって遺贈をする場合はどうでしょうか。このような場合に関する裁判例は見当たりませんが、不貞相手との子どもと言っても、実子ですので、公序良俗違反とされる可能性は低いと思われます。
もっとも、子どもに遺産を遺すことが実質的には不貞相手との関係を維持継続するような目的の場合には、公序良俗違反とされる可能性もありえるかもしれません。

 

 

 

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