【弁護士が解説】相続法改正でなにが変わる?-配偶者居住権-Ⅳ


預貯金が引き出せない!?

預貯金の判例が変更

さて、これまで配偶者保護の改正を見てきたけど、次は数年前に判例で変更された「預貯金」の扱いなどについての改正を見ていこうか。
預貯金については、判例がどのように変わったのかな。

預貯金については、従来は可分債権であるから当然に法定相続分で分割されるとの判例があって、遺産分割の対象にもなっていませんでしたね。
しかし、現金は遺産分割の対象になるのに、なぜ預貯金が遺産分割の対象にならないのかということで批判があり、平成28年12月19日の最高裁決定及び平成29年4月6日の最高裁判決が「遺産分割の対象になる」というように判例変更をしましたね。

そうだね。判例変更をしたことによって、実務は大きな変化を強いられているところだよ。裁判所や弁護士、銀行はこの判例変更によって色々大変だったんだよ。そんな話は置いておいて、そもそも今言ってくれた「遺産分割の対象になる」というのはどういう意味かな。
逆に、遺産分割の対象にならないとどういうことになるかな。

預貯金が「遺産分割の対象になる」ということは、相続人が複数いる場合に相続人で遺産分割をしない限り、その請求権を行使できないということになります。
逆に、「遺産分割の対象にならない」ということは、相続人が法定相続分で相続することになりますから、相続が始まった時点で法定相続分に基づいて銀行等に請求をすることができることになります。
ちなみに、遺産分割の対象にならないものとして「可分債権」が挙げられており、その典型例が預貯金でした。

そうだね。遺産分割は、遺産分割協議や調停の中で行うのだけど、従前は原則として預貯金は遺産分割には入らず、相続人全員の同意がある場合にだけ遺産分割の対象とする扱いだったんだ。
それが、今回の平成28年決定及び平成29年判決によって、判例変更され、合意がなくても遺産分割の対象となるという扱いに変わったんだ。これにより、遺産分割の話し合いが柔軟にできるようになって、調整もしやすくなったと言えるね。
もっとも、この判例変更によって、様々な問題が生じてきており、その問題の解決のために改正された点もあるから、その点を見ていこうか。
まず、判例変更はどのような問題を提起したかな。

その点は調べてみましたが、
①相続人が預貯金を引き出せないことによって生活資金などに困るという問題
②被相続人や相続人への貸金などがある場合の差し押さえなどの問題
銀行が被相続人の借金との相殺をできるかの問題、があると思います。
また、細かい部分では被相続人死後の引き出しについても、若干の問題がありそうです。

この判例変更については、いろいろ問題があるけど、Tさんがまとめてくれたような点が主要な問題点だろうね。
それぞれの問題点を検討する前に、そもそも平成28年決定がどのようにして預貯金債権を遺産分割の対象とするという判断をしたのか見ていかないといけないね。検討結果を報告してくれるかな。

わかりました。平成28年決定は、遺産分割自体の仕組みから説いていますが、
「被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから、一般的には、遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく、また、遺産分割手続を行う実務上の観点からは、現金のように、評価についての不確定要素が少なく、具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。」と判示しています。
つまり、これらの要請から預貯金債権を遺産分割の対象にすべきかとうか判断するという前振りをしているわけですね。
その後、預貯金について
ア)預貯金が決済手段としての性格を強めていること、
イ)預貯金の払戻手続は簡易で、その債権の存否や額が争われることも多くないこと、
ウ)預貯金債権を細分化してもその価値が低下することはないこと、
といった事情を指摘して、「預貯金は、預金者において確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差異を意識させない財産である」としています。
現金は、判例において遺産分割の対象とされていますから、預貯金も現金と差異がないということであれば、遺産分割の対象とするという結論になるということなのでしょうね。
もっとも、現金は相続人しか関わりませんが、預貯金については銀行等の金融機関が関わってくるので、様々な問題において、現金と全く同様に扱うということにはならないと思われます。

そうだね。最高裁は、預貯金の性質を詳細に見て、その特性から遺産分割の対象になるという判断をしているから、今後の法的問題についてはその特性を踏まえた検討が必要になるだろうね。まずさっき提起してくれた問題点①から見ていこうか。どのような問題が生じているのかな。

① 預貯金の払い戻しができないという問題

生活費が引き出せない!?

①については、判例変更により、預貯金が遺産分割の対象になるということになったので、各相続人は単独では銀行から被相続人の預貯金を引き出すことはできなくなりました。
そのため、年金などの生活費を被相続人の預貯金口座にすべて入れていた場合などは、残された配偶者は直近の生活費を捻出できずに、生活に困ることになります。
また、そこまで切迫した状況ではなくとも、葬儀費用などがそれなりに高額になることは少なくありませんので、その費用を被相続人の遺産から出したいという場合も多いでしょう。
一部の相続人が拒否したり、行方不明だとこういった葬儀費用などの捻出も困難となりますので、相続人は困ることになるのです。

そうだね。この点については、判例変更前でも銀行によっては払戻請求を拒否していた例もあるようなので、判例変更をしたから生じた問題というわけではないのだけど、やはり判例変更後は、銀行も堂々と相続人の一部からの払戻請求を拒否することができるわけなので、今後このような問題がより顕在化してくる可能性は高いだろうね。
この問題について、銀行によっては預貯金の額が十分ある場合などに、便宜上払戻請求に応じるところもあるようだけれども、銀行は他の相続人への二重払いのリスクもあるわけだし、銀行によって扱いが異なるのは良くないだろうね。
加えて、この問題に対処するために、亡くなった人がいてもすぐには銀行に連絡せずに、ATMで50万円ずつ引き出しをし続けて、のちの遺産分割時に問題となる可能性もあるだろうし、何かしらの対処は必要になるところだね。
その対処として、今回改正がされた部分があるのだけど、そこは調べたかな。

保全による分割

はい。その点については、二つ改正があります。
まず一つ目の改正が、家庭裁判所の保全処分としての仮分割の仮処分の要件の緩和です。
もともと、家事事件手続法200条2項には、
「家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。」とあり、「急迫の危険を防止するため必要」なときには、遺産分割が終了していなくても仮の分割をしてもらい、預貯金を払い戻すことが可能だったようですが、この要件は「急迫の危険」とあるようにかなり重い要件ですので、保全を行うことまではなかなかなかったようです。
しかし、今回の改正では、
3項が追加され「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。」として、
「預貯金債権を行使する必要があると認めるとき」となっており、「急迫の危険」よりもだいぶ要件が緩和されています。
そのため、今後は生活費に困る、借金を返す必要があるといった事情などがあれば、以前よりは容易に保全によって仮分割をしてもらえるようになったといえると思います。
もっとも、要件が緩和されたましたが、「他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。」という但し書がありますので、他の相続人に影響を及ぼすような仮分割はなされません。

保全はしやすくなったと言えるね。
しかし、実際にこのような保全の利用が急激に増えるとは思えないんだよね・・・

そうなのですか。
確かに、保全をするにしても自分でするのは困難でしょうから弁護士に依頼する費用がかかったり、保全が出るまでに時間がかかるため、利用が一気に増えるということはなさそうですね。

そうだね。遺産分割が長引きそうな場合に利用されたりはするかもしれないけど、本当に生活が成り立たない人にとってはこの保全の利用は厳しいだろうね。
それでは、保全を使う以外の方法はないのかな。

銀行等への払戻請求

それがもう一つの改正の方だと思います。
もう一つの改正は、民法909条の2で、これは家庭裁判所の判断を経ずに、直接銀行に預貯金の払い戻しを請求できるというものです。
払い戻しを受けられる額は、①相続開始の時の債権額の3分の1に法定相続分を乗じた数、かつ②標準的な当面の必要性経費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金の債務者ごとに法務省令で定める額です。
まだ②の法務省令で定められる額というのはわかっていませんが、改正の検討部会では100〜200万円という額が②の案として出ていたようです。
今後法務省令で定められる際も、部会で検討されていたくらいの額になるのではないでしょうか。

葬儀費用が一般的には、100〜150万円程度と言われているし、当面の生活費も含めると、法務省令でもそのくらいの合計額に収まるのではないかな。
この改正も法的には多くの問題があるから、その点は、後ほど考えてみることにしようか。

はい。
ちなみに、この制度は今後の相続において利用されること場合は多いと思うのですが、例えば、相続人の一部が金融機関に亡くなったことを伝えずに勝手に引き出して、全く預貯金債権がなかった場合などはどうすればよいのでしょうか。

面白い質問だね。
配偶者Aと子どもBが相続人という事案で、相続時に600万円あったものについて、Bが600万円すべてをATMで引き出しているとする。その事案で、Aが銀行に600万円の3分の1 × 法定相続分2分の1の額である100万円の払い戻しを請求したとしよう。
この場合に、銀行はどのように対応するかだけど、「相続時の債権額を基準にして権利行使ができる」とあるから、100万円を銀行が払い戻さなければならないといけないかというと、それは明らかにおかしいよね。
あくまで銀行側は債権がある限りで払い戻しに応じる義務があるだけだから、すでに消滅した債権について支払う必要はないことになる。
そうすると、銀行としては、債権の消滅をいうことになるのだけど、銀行はどのように反論するかな。

銀行側は、民法478条の準占有者への弁済を反論として主張すると思います。
ATMでパスワードを知っている人の払い戻しですから、準占有者に該当することは明らかでしょうから、銀行側は債権が消滅したと主張できますね。
そうすると、Aとしては預貯金のお金をもらえないのかというと、預貯金を引き出したBに対して、不法行為に基づく損害賠償請求をするか、不当利得に基づく利得金返還請求をすることになりますね。

そうだね。結論から言えば、ATMで払い戻してしまったBがAに対して請求して精算することになるんだ。
さて、そうしたら、同じ事案でBが引き出したのが300万円である場合には、Aはいくら銀行に請求できるかな。

Bが引き出したのが300万円だとしても、権利行使できる額については「相続時の債権額」である600万円を基準にするので、Aが請求できるのは100万円ということになります。

そういうことになるね。引き出し後の300万円を基準にして、50万円しか請求できないと勘違いしないようにしないとね。
では、300万円をATMで引き出したBが、さらに銀行に100万円の払い戻しを請求したら、銀行は応じないといけないかな。

特にBの請求を制限する規定もないので、Bは銀行に請求できることになりそうです・・・
しかし、すでに自分の法定相続分を引き出したBがさらに100万円を請求することができるのは、おかしい気がしますね。
例えば、権利濫用などで銀行が請求を拒むことができるという理論構成はありえませんか。

Tさんの疑問はもっともだと思うのだけど、この改正に基づく預貯金債権の行使は、無断で引き出しを行っていたBにも認められてしまうんだ。
この点は、制度的にやむを得ないものと考えられているんだ。

しかし、もしBが500万円を引き出していて、その後銀行に100万円を請求できるとすれば、Bが600万円を引き出して、Aは銀行に請求できないという事態もありえますよね。
それは不合理ではないでしょうか。
例えば、銀行側も、請求をしてきたBに対して確認をして、Bが引き出しているとわかれば、請求には応じないという対応をすべきではないでしょうか。

Tさんの気持ちはわかるのだけど、そのような対応を求めるとなれば、銀行にとって、相続時ののちに引き出したかを調査したり、その引出し人が誰なのかを調査することになるけど、それはかなりの負担になるよね。
そのような負担を銀行側が負うことが妥当なのかな。

それは・・・そうですね・・・

この点については、この改正の趣旨が、生活費や葬儀費用などの簡易迅速な支払いというところにある以上、銀行側は調査義務を負わないと考えられている。そして、その結論も妥当に思うよ。
もっとも、勝手に引き出したBが許されるというわけではなく、さっきも言ったように、AがBに対して不法行為に基づく損害賠償請求などをして、清算するということで調整を図るのが通常だね。
ただ、今回の改正では、このような死後の引き出しについて遺産分割の中で調整できる規定が設けられているから、その制度の利用もありうるところだね。
この遺産分割前の財産処分に関する規定については、また別な日に見ることにしよう。

個人的には納得できないですが・・・
そうすると、生前贈与をたくさんもらっていて、法定相続分はあるけど、具体的相続分だと遺産から取得するものは何もないような相続人でも、この制度の請求ができるということですよね。

その通りだね。
特別受益があるかどうかは、銀行がわかることではないし、最終的に遺産分割の中で調整されることにはなっても、銀行への請求自体が妨げられるものではないだろうね。

そうですよね。なんとなく、制度的な不備があるように思えます。

一見すると、そういうふうに見えるかもしれないけど、やはり人の生活がかかっていることだし、多くの人にとってはとてもメリットのある規定だと思うよ。
今後は、この規定に基づく請求はよく使われることになるだろうから、銀行等も対応を考えることになるね。
ちなみに、銀行はどのような書類を求めてくるかな。

銀行としては、相続人であることや法定相続分を確定しないと支払うべき額がわからないので、戸籍等の提出は必ず求めてくることになると思います。

他には、銀行によっては、請求者の印鑑証明書を求めるところもあるかもしれないね。

② 貸金業者は預貯金を差し押さえられるのか

さて、次は②被相続人や相続人への貸金などがある場合の差し押さえなどの問題について見ていこうか。
これは消費者金融などから金銭を借りていた人がなくなった場合や、借りている人が相続をした場合に問題となるのだけど、どんなことが問題になるのかな。

被相続人が借金をして亡くなってしまった場合、貸し主が被相続人の預貯金を差し押さえて取り立てることができるのかに議論があります。
このような問題が生じたのは、判例変更により、預貯金債権が当然には分割されなくなったからです。当然分割されないということで、相続人らが準共有している預貯金債権を差し押さえたり、取り立てることが可能なのかが法的に問題になっています。

差し押さえと取立てを別に考えないといけないね。
まず、差し押さえはできるかな。

預貯金債権については、平成29年判決が「遺産分割前の相続人からの法定相続分額に基づく払戻請求を棄却」したのですが、それでも民事執行法上の差し押さえが可能と解されているようです。
差し押さえをしても、銀行がお金を払い戻すこととは別ですから、相続人からの払戻請求を否定した平成29年判決を前提にしても、預貯金債権の準共有持分権を差し押さえることは問題ないという考え方のようです。

その考え方で問題ないだろうね。議論がありうるけど、差し押さえはできるという考え方を前提にしよう。
取立てはどうかな。

取立てについては議論があり、平成29年判決は相続人について請求を制限したものに過ぎず、差押えをした債権者など第三者は扱いが異なるという考え方をすると、取立てが可能だという結論になります。
一方で、平成29年判決の請求棄却という結論を相続人だけではなく、差押え債権者にも当てはめるのであれば、差押えはできても取立てができないという結論になります。
取り立てができるのは、現実に遺産分割が終了してからになるので、それまで待つということになると思われます。
これらの議論について、平成29年判決は、差し押さえ債権者の扱いについては何も判示していないので、どちらの議論も成り立つ余地があるものと思います。
現在は、裁判例があるわけでもないので、最終的には取立てを受ける銀行の判断となってくるね。

そうすると、リスクを背負ってまで銀行は取立てに応じないでしょうから、いくら理論的に取り立てができるといっても、事実上取立てはできないだろう。

よく調べているね。この議論について、平成28年決定の調査官解説ではどのような説明がされているか知っているかな。

それは調べました。私見であるとの断りがあるものの、被相続人の債権者と相続人の債権者に分けて説明されていました。
まず、被相続人の債権者としては、
「被相続人の金銭債務は、法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継する。そこで、被相続人の債権者は、共同相続人全員 に対する債権(相続債務)の満足に充てるために、共同相続人全員の準共有持分を差し押さえてこれを取り立てることができるものと解される。」と書いてあります。
結局、相続人の債権者としては相続人全員の共有持分を差し押さえることで、取り立ても実現できることになるのですね。

そうだね。全ての準共有持分を差し押さえられれば、問題はなさそうだね。
相続人の債権者はどうかな。

相続人の債権者については、
「被相続人名義の預貯金債権に対する当該相続人の準共有持分を差し押さえることはできるが(民事執行法167条1項、145条)、他の相続人全員と共同しない限り取立てをすることはできないものと解される。」と説明しています。
しかし、理由は明記されていません。
また、取り立てができない場合の方策として、
「相続人の債権者は、例えば、譲渡命令を得て準共有持分を取得した上(執行裁判所は、差押債権額に対する相続分相当額で当該相続人の債務の支払に代えて譲渡することを命ずる。)、その他の共同相続人に対して共有物分割訴訟を提起し、賠償金(その他の共同相続人の相続分相当額)を支払って預貯金債権全体を取得するか、その他の共同相続人に預貯金債権を取得させて賠償金(債務者の相続分相当額)の支払を受けて、債権を回収することになるものと考えられる。 」と説明しています。

そうだね。調査官の説明によれば、取立てはできないけど、譲渡命令で準共有持分を取得して、分割までしてもらうことで回収はできるという考え方のようだね。しかし、現実には準共有物の分割までするとなれば相当な労力がかかるのであって、そこまでの労力をかけて回収までする債権者がどれほどいるのかは疑問なところだ。
結果として、差し押さえをしても、回収を遺産分割の終了まで待つことになる可能性が高いだろう。遺産分割は争いになると1〜2年かかることも少なくないし、いつ終わるかわからない遺産分割を待つというのは差し押さえ債権者にとっては酷だろう。
ちなみに、取立てだけではなく、転付命令についても同様の議論があるから検討しておいてください。

③ 銀行が被相続人の借金との相殺をできるかの問題

さて、次は③の問題について、検討しようか。

この問題についても、取立ての問題と同様の問題になっています。相殺についても、似たような議論がありますが、被相続人の債権者は相殺ができるというのが多数の意見のようです。
これは、差し押さえと異なり、相殺には担保的機能があるという判例の立場から説明できるものといえます。
相続が開始したからといって、相殺の期待が害されるというのはおかしな話ですから、相殺が認められるという結論でよいと思います。

そうだね。それでは、相続人の債権者が相殺をすることはできるかな。

相続人の債権者については、相殺の期待が強くなく、そもそも棚からぼたもちであるという意見もあるところですから、相殺を認めない立場もあります。
もっとも、相殺自体は、相殺適状になっていればできるので、準共有状態であっても、期待が強くないという理由で妨げられる必要はないものと思います。

実際には金融機関側が相殺したものを争うという場面を想定し難いし、相殺をできると知った金融機関が相殺をしていくということにはなるだろうね。
他の相続人がもらうはずだった預貯金債権が害された場合の問題があるけれども、すでに相殺された額を取得済みの財産として考慮して、遺産分割の調停や審判を行うということで対処していくことになるだろうね。
とてもよく検討してくれたね。次回は、残りの改正点について見て終わろう。

解説&ポイント

遺産分割における預貯金債権の扱いの判例は遡求するのか

ポイント平成28年決定がでるまでの間、預貯金債権は遺産分割の対象にはならないと理解され、家庭裁判所における運用がされて来ました。そのため、預貯金債権については、相続人全員の同意がない限り、遺産分割に含めることができず、預貯金債権は遺産分割の対象外として遺産分割を進めていた事案もたくさんありましたから、そのように扱って来た遺産分割を遡って覆すことになるのかが問題とはなりえます。
この点については、判例は変更されたものの、判例変更時までに終わっていた遺産分割の効力を覆すというものではないと理解されています。つまり、判例変更までに終了した遺産分割は、そのままということです。判例変更までに終わっていなかった遺産分割については、預貯金債権も含めて遺産分割をやり直すことから、扱いが不合理ではないかという気もするかもしれませんが、すでに終わっている遺産分割を覆すことは法的安定性を害すことになりますので、結論としては妥当でしょう。
もっとも、判例変更前も、預貯金債権を遺産として扱う合意をして、遺産分割をしていた例が多かったので、そこまで問題とする必要はないと思われます。

可分債権の扱いの変更はされたのか

平成28年決定及び平成29年判決は、預貯金債権について遺産分割の対象になると判断しました。預貯金債権は可分債権ですが、可分債権は遺産分割の対象にはならないというのが判例の考え方のため、この判例が、「可分債権全般」について遺産分割の対象になるのかという議論にも影響するかが問題となっています。
しかし、この判例は、可分債権が遺産分割の対象になると判断したものではないと理解されています。つまり、可分債権は従前どおり、遺産分割の対象ではなく、可分債権の中でもその性質などを考慮して遺産分割の対象になるものがあると判断したものと解されます。判例が、預貯金債権の性質を詳細に検討しているのは、この意味で捉えることができるのです。
可分債権を遺産分割の対象にすべきかどうかという議論は長年行われており、今回の改正でも検討されましたが、結果としてこの判例変更によって、預貯金債権が遺産分割の対象にされることになりましたので、法改正はされないことになりました。
可分債権は、不法行為に基づく損害賠償請求権など、その額が不明確なものも多く、可分債権を一般的に遺産分割の対象にすれば、遺産分割自体が遅延してしまうことになりかねません。そのため、今後とも可分債権は原則として遺産分割の対象外として扱われることになります。もっとも、遺産分割の話し合いや調停では、相続人全員の合意によって、可分債権も遺産分割の対象にすることもでき、現実にそのようにしている場合も多いので、実務の運用で合理的な解決をすることは十分可能だと言えます。

預貯金が勝手に引き出された場合の問題

被相続人の預貯金が今回の改正以外の手段によって、勝手に引き出された場合、その扱いが問題となります。
勝手引き出された預貯金については、その預貯金債権を共同相続人で準共有している状態だったわけですから、その準共有持分権を侵害されたものとして、不法行為に基づく損害賠償請求をするか、不当利得に基づく利得金返還請求をするかになります。この場合、預貯金債権は遺産分割の対象になるのですが、勝手に引き出された時点で、遺産から逸出したものとして扱うことになるので、全員の合意がない限り遺産分割の中では扱えないというのが原則的な扱いです。このことは、平成28年決定の調査官も同様の考え方のようですから、実務的には争いのないところでしょう。
しかし、遺産分割で扱えないとすれば、遺産分割手続と不法行為に基づく損害賠償請求などの二つの手続きを経なければならなくなり、そのようなことは迂遠でしょう。
そのため、今回の改正では、「遺産分割前に遺産を処分した場合」の規定が設けられましたので、一定程度その迂遠さを防ぐことはできるのですが、それでも生前の無権限での引き出しについては、遺産分割で扱えないなど問題が残っています。
また、預貯金債権を侵害した場合の侵害額についても、法定相続分なのか、具体的相続分なのかといった議論がなされており、難しい法的問題が残っているところです。
この点については、次回の連載で改正と一緒に検討しようと思います。

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